2017年7月1日土曜日

子供達について

現在勤務している法人が、放課後デイを運営している。いずれ老人介護施設の運営がメインになるのだが。
来てくれている子供達は、皆、いわゆる障害者だ。行政が認定し、手帳も持っている。
一般的な社会生活が不可能な子もいる。が、ほとんどは、(僕の目には)ちょっと落ち着きがないとか、勉強に興味がないとか、ウソが多いとか、個性の範疇で括れる気がしてならない。
で、そのほとんどの子達が、気持ちが落ち着く薬を服用している。
その薬のおかげで?、他の児童と大きな喧嘩をすることもないし、どうにかこうにか宿題も終わらせているし(うちの施設では、まず宿題を終わらせてから遊ぶ、という取り決めにしている)、片付けも掃除も出来ている(丁寧さは求めていない)。
でも、時折彼らが発する「やったー!」「わーい!」の声に、こちらの心に響くほどの感情がこもっていないように感じる。
薬は、感動や喜びの気持ちまで薄めているのではないのか。

気分の落ち着く薬を飲むのは、なんでだろうか。
親や僕らが管理しやすいからなのか。
服用することで、なるほど気持ちが落ち着いて、勉強や社会活動に取り組むことができる。しかし必要な知識、教養を身につけるのに、持って生まれた彼らの個性では不可能だ、ということだろうか。
常々思う。重篤な子はともかく、多少落ち着きがないくらいの子が受け入れられないのは、受け入れる側の社会が未熟なのではないだろうか。

2017年5月14日日曜日

自分の動きを見る

台湾での演武をビデオで撮影して頂いたので、じっくり見てみた。
あー、こりゃアカンな。棒立ちで、手先、足先の動き。早くても軽い打撃。
架式が出来ていない。
ゆっくり焦らず、正しく型を練り直そう。アカン。

2017年5月7日日曜日

帰国後の練習で感じたこと

私のホームグラウンドである早良体育館で、帰国後初の練習。
台湾で表演、練習を行い、自分の欠点に色々気づくことができた。
ひとつひとつ直したい。
まずは錬子捶の見直しから。いくつかバージョンがあって、どれも正しいのだろうけど、せっかくだから台湾で教えていただいた型を練習した。
次に、四路梅花刀。直接教わったわけではないが、撮影した動画を元に形の見直し。
もはや癖になってしまっているので、仲々修正ができません。・・・
それと、套路をゆっくりとやることが出来なくなっていた。
気づかないうちに、流すような練習になっていたようだ。
摔手、架式、足上げ、基本六路が済んだら1時間半くらいぶっ通しで套路の練習を行った。
早くならないように、意識してゆっくりと、曖昧な部分をみつけて直しつつ。

2017年5月5日金曜日

台湾訪問

4月29日から5月1日にかけて、台湾の台北市に行って来ました。
目的は、たびたび話題に出していますが、長拳螳螂門設立40周年記念式典に出席することと、本場で練習に参加して腕をあげることです。そして、観光もちょっぴり。
結果ですが、式典では多くの方々の素晴らしい表演を見ることができて大変勉強になりました。また、私の所属する組織の大きさを改めて感じることができました。肝心な自分の表演は、まあ、次回への貴重なステップということで。・・・
本場の練習は、得るのもが多くてとても貴重な体験をさせていただきました。
なにか新しいことを学ぶのではなく、用法を通して套路の精度を上げていくような内容であったり、あまり普段はやらないチンナ(関節技)の技法紹介、練習だったりと、忘れることのできないくらい面白く、目の覚めるような内容でした。
帰国してから早速ノートにまとめ、頭の中で反復練習をしています。
また、沢山の素晴らしい人達と知り合うことができました。ありがたいことです。
私にとっての武術が、単なる興味本位から少しウェイトアップした気がします。
さて、式典が済んだのでこれからは四大兵器の唯一のやり残し、剣に取り組もう。

2017年4月22日土曜日

表演練習の仕上げ

近所の体育館で、追い込み練習。
15回套路を通した。先輩方の速いペースに合わせて動けるよう、練習でも速いペースを心がけた。
套路はきつい。ヒーヒー言う。そのくせ早く動けてはいないし、形も乱れている。
なにが先輩方と違うんだろう。
思い至ったのは、丁寧に動いた方が早く動けるようになるのでは、ということ。
丁寧にやろう。正しい架式、歩法、ファンソン。そうしたら、なにか気が流れたような、目の覚めるような感覚を覚えた。10回通した後だけど、きつくない。ファンソンもなんとなく良い感じにできているようだ。
気とかオカルティックなことは考えてないが、なんとなくまた套路が進化した感じだ。
表演1週間前、ここに来て、まだ進化するか。練習するものだな。
さらに5回通して、感覚を身に刻みつけて練習を終えた。
進化したかな。

2017年4月15日土曜日

書籍「日本の下層社会」を読む

ひどいタイトルだなあ、と思わずうなってしまう。
この本は明治31年に、新聞記者 横山源之助氏の手で上梓された、タイトル通り当時の下層階層の人々の実態を綴った本だ。

凄いのは、車夫、大道芸人、織工、小作人など具体的な職名を挙げて彼らを貧民であると定義し、彼らの1日に必要な生活費と実際の収入を具体的に記し、〇〇市△△町に多く居住すると紹介している点だ。
今じゃ無理。アウトである。
もちろん、著者は彼らを蔑んでいるのではない。揶揄したり下世話な好奇の心で披露しているのでもない。
彼らの雇用主に対して義憤を覚え、怠惰に流れる職人に疑問を呈し、あるいは叱咤し(心の中で)、総じて社会正義に溢れた論調となっている。
明治の時代の、あまり目に触れない人々の生活を垣間見ることが出来るし、知っていると思っていることでも、違った側面を知ることが出来て興味が尽きない。

大阪の慈善家、という章があり、小林佐平なる人物が紹介されている。
後の資料(つまり、今現在出回っている資料)では、彼は侠客、慈善活動家、事業家として概ね好意的に描かれている。
さて、実際に取材に基づいたこの本では、どのように描かれているか。

まず本人宅は、「何人の住居やらんと思わるるまでに建築厳か」だ。
そして彼が授産施設で雇っている職人(未成年の住み込みの障害者)といえば、
賃金は「悉皆(全部)小林氏に納め」、「もとより1厘をも児童に手にせしめず」。
勤務時間は皆朝5時に起き、すぐに労働に服し、3時か5時が終業となる。
休日は月に「1日と16日の2日なり」。
休日と言えども、「1歩だも外に出づるを許さず」。
彼らが寝起きする部屋は、10畳程の広さで、模範児童にあてがわれた古い畳が4畳敷いてあるのみで、いつ掃除したのだろうかが気になる程の状態だ。
出会った児童は皆頭を下げてくるが、
「群れる児童について健全の容貌を有せるものを見出さんと苦しみたれども得ざりき。
多くは顔色衰えてまぶたの辺り爛(ただ)れたるもの、頭上にクサある者、最も多し。」

取材を終えた横山は帰り際、「小林遊園場と記せる庭園に何心なく足を入れたり」。
そしてそこで、「真正面に袴を穿ち、扇を手にして指揮せる一巨漢」・小林佐平の銅像を目の当たりにする。

珍しく、この章では義憤も、嘆息も、読者への呼びかけもなく、ありのままを坦々と綴っている。
しかしただ一箇所だけ、「臆面もなく」という表現が使われている。
取材させて頂き、また、行政に顔がきき、まかりなりにも社会的な名声を得ている小林佐平に対しての配慮が文間から読み取れるが、横山はおそらく激しい違和感を覚えている。

障害者、それも未成年者が飼い殺しにされている現状を見、今に伝えてくれたことに敬意を表したい。
小林なる人物に関する資料の多くは書き直されるべきだろう。

再来週は台北か・・・!

再来週は、いよいよ台北。初の表演が、よりによって新生国術館の記念式典とは。
今更ながらドキドキしてきた。
2ヶ月間の練習は、この日のためだ。自分を信じよう。きっと良い結果で終われる。
その後は日台の偉い人達を交えての懇親会。またなにか、人生が良い方向へ開けそうな気がする。・・・
きっと白猿偸桃という套路は、自分にとって格別に思い入れのあるものになると思う。
それにしても、非常に豪気に溢れた力強い套路だ。
今日も体育館で自主練習したが、套路はゆっくり通していたらダメだと思った(特に白猿偸桃は)。リズムや重心の使い方など、ある程度早く動かないと体感できない要素がある。
おそらく、そこをきちんと抑えないと、歩法や架式が正しく出来ないのではないか、と思う。
同じ套路ばかり続けてやっていると、なんとなく煮詰まりそうなので、白猿偸桃と十八叟を交代でやっている。豪気と端正を行ったり来たりだ。